うつ病ってどれくらい辛いの?分かりやすく解説します。
「うつ病」という病気がどれくらい辛いものなのかを表現するのは、とても難しいことです。
うつ病に限らず、病気の辛さを表現するのは、感じ方の個人差もありますし、表現の仕方の個人差もありますので、客観的な物差しで測ったように、
「うつ病とはこのくらい辛いものです」
などと言うことは到底、不可能ですよね。
ですが、うつ病の本当の辛さは、やはり体験した人でないと分からないものだと思います。
そして、その辛さは、同じ病名「うつ病」と診断されている人でも、一人として、同じ症状、辛さを持っている人はいないはずです。
でも、最近のネット上に目を向けると、どうも「うつ病」というものを相当誤解されている方もいるような気配を感じます。
一時期、
「うつ病はこころの風邪」
「うつ病は必ず治る病気」
というフレーズが盛んに使われていたと思います。
このフレーズは、「うつ病」という病名を周知する効果は確かにあったのかもしれません。
しかし、その副産物として、誤った情報も多く流布したフレーズであったと思います。
もう今の時代には、合わないフレーズであると思います。
生み出してしまった多くの誤解を解くべき時だと思うのです。
私が、これらのフレーズをうつ体験者として言い換えるとすれば、「うつはこころの腫瘍です」とか「うつ病は、必ず治るものとは断言できません」と言うくらいに言いたい感じです。
1つ目の「こころの腫瘍です」とは「腫瘍」には悪性と良性がありますよね。
それと同様に、質の良い(治りの良い、治療に反応しやすい)良性の「うつ病」もあれば、質の悪い(どんな治療にも反応しない、どれだけだけの期間をかけても回復軌道に乗れない)悪性の「うつ病」もあるというイメージを持っています。
2つ目の「必ず治るものとは断言できません」とは、まず、うつ病を始め、多くの精神疾患は「完治」という言葉は使いません。
ほぼ治癒に近い状態を維持していると言う意味で「寛解(かんかい)」という言葉を使います。
ですから、そもそも完治という概念が存在しないと考えていた方が現実的ではと思います。
実際、うつ病の罹患者のうち3割が難治性のうつ病とも言われていますが、とにかく身近に見ていても治らない方が、本当に3割程度だろうかという気がするのです。
それは確かに、いつかは治るのかもしれません。
しかし、そう簡単に「治る病気です」と短期間で治るかのような表現をしたことは大きな誤解を生んだと思います。
さて、うつ病の周知のために誰が言い始めたのかナゾの多いフレーズに関する、私の思いなどは、とりあえず、この辺までとしたいと思います。
以降では、実際には、うつ病とはどんな辛さのものなのかと言うことについて、記してみたいと思います。
そして、軽々しく「うつ病」になって休職してみたいとか、「うつ病」という診断書を手にしれたいなど言う考えに至ってしまうようなイメージを抱いている方々に、本当のうつ病の辛さ、苦しさが伝わればと思います。
身体的症状としてのうつの辛さ
まず、人によって、現れる症状は非常に違いがあると思われますが、私の場合は、消化器系への不調が一番多く現れる身体的症状であり、うつの始まりも食欲不振でした。
消化器系の不調
つまり、食欲の異常という形で現れます。
食欲減退であったり、食欲増進であったり。
ダイエットのためにしているなどというわけではないのです。
全く自分の意志で、食べる行為の調節をしているわけではないのです。
食行動の自己調整がつかない状態になってしまうんです。
行きつく先は拒食と過食の繰り返し。
体重でいえば、平均的な値から、約20キロ近く上下します。
例えば、通常の体重が50kgだったならば70kgになったり、30kgになったりするんです。
それもかなりの短期間で。
一番辛いのは体重が増えた時ですね。
初めは、「食欲が出すぎてるな~」ぐらいの気持ちですが、次第に、増えすぎた体重を元に戻そうと、減量ばかりに目がいってしまい、体重のほんの数百グラムにも、気分は振り回されてしまう状態。
自分は、太りたくなくて食べないのか、食べられないのかすら、自分でも判断が出来ないのです。
こんな状態の時もあるかと思えば、何とか少しは食べられるのに、食べると数十分後には、すべて吐いてしまうということの連続で、逆流性食道炎になってしまったり。
また、何となく「食べられない時期に入ったかな?」と思うと、本当に体が全く受け付けない感じで、体重の落ち方も、落とそうとして落としているときとは全く違う勢いで減っていく。
いつも太るから食べるのを警戒して食べないという感じではないのにですよ?
何か変だなと思っていたら、主治医も同様に、いつもと違う気がするとのこと。
気乗りせぬまま、消化器系の病院へ行って検査を受けたら、食道に病気が見つかったりと。
もう、精神的な不調のための食欲不振なのか、体調に何らかの変化があっての食欲不振なのかすら見分けるのが大変な状態にまでなるのです。
しかし、私の場合は、身体面での不調はまだ我慢が出来る範疇のものかなと思っています。
ただ、これだけ体重の増減が激しいと、様々なサイズの服を持っていないと、
着られるものがない・・・
という事態にはなるので、洋服代にはかなりの出費がかさむこと、収納スペースが足りないことといった問題も起こりますね。
睡眠障害
睡眠障害はうつの代表的な症状の1つです。
私の睡眠障害も、うつの比較的初期の段階から見られた症状です。
様々な眠剤を試しましたが、効いた場合でも、眠剤を飲んで2時間眠れたら良い方と言った具合です。
寝付きが悪い、中途覚醒、早朝覚醒、すべて含んだ睡眠障害といった感じです。
未だに、そのような状態で、一睡もしない日が週に半分以上はあるのではないでしょうか。
初めの頃は苦しみました。
眠れないことが苦しくてたまりませんでした。
眠れないこと自体が苦しかったのです。
眠れない・・・
眠れない・・・
とそのことが悩みの種でした。
しかし、こういう状態が長く続くと、もう眠れないことの方が当たり前といった感じ。
眠れないこと自体に悩むことはほとんどなくなりました。
もうここ最近の記憶のある限りでは、健康な人が取るような睡眠はきっと取ったことがないでしょう。
昼夜逆転の生活でもないのです。
昼間も起きています。
時折、日中に強い睡魔に襲われ、いすに座ったまま、ウトウトしていることはたまにありますが、時間的にはほんの10分程度でしょうか。
そんな状態の繰り返しですから、寝ない生活の方が当たり前のようになってしまいました。
きっと、普通の勤めをしていたりしたら、体がもたないのでしょう。
しかし、今は、一応、療養中の身ですので、なんとかこんな睡眠時間でも体も持っています。
私自身も、健康な人が睡眠をとる時間に眠るような生活をしたいなあとも思うのですが、全く、出来ないのです。
ですから、今は、生活リズムはメチャクチャです。
主治医にも相談はしますが、どんな眠剤も効かない。
だからもうありのまま、抗わないでいきましょうと。
いつか必ず眠るときが来るから、その時に少しでも寝れば大丈夫だからと。
もう主治医も敢えて眠らせようとはしません。
こんな不健康極まりない生活が良いとは決して思いませんが、眠れないことに、そうそう悩むこともないですし、ボーットしている間に、あるいは、何かしている間に朝が来るといった感じの毎日です。
こんな睡眠時間しか取っていない私ですが、死にはしないのですよね。
だから、もう睡眠に関しては、今のままで良いかなと思っています。
体がなれてしまったということはあると思いますが、きっと、本当は体には悪いのだろうと思っています。
でも、これが今の私の睡眠のスタイルなのだと思っています。
精神的症状としてのうつの辛さ
うつ病のもっとも代表的な症状として挙げられるのは何といっても精神的な症状です。
精神的な症状は上げるときりがないので、箇条書きでリストアップしてみました。
気力のなさ
- 寝たきりで何も出来ない。
- 冷蔵庫を開けて、食べ物を取ることも出来ない。
- レンジでチンすることも出来ない。
- 食べたいものも思いつかないし、レシピを挙げられても選べない。
- 足の踏み場もないほどの部屋の散らかりよう。
- お風呂へも入る気力さえない。
- テレビの音が工事現場にいるかのような大きな音に感じてしまう。
- 夜になっても電気をつけたくない。
- 自室から出るのも、トイレへ1日1回起きて出て行くのが精一杯。
- 家の外に出られない時期が3ヶ月近く続く。もちろんその間通院も一切出来ない。
不安焦燥感ための落ちつかなさ
- 何をしても落ち着かない。
- ウロウロして、何をして良いのかも分からない。
- 何に対しても不安ばかり。
- 焦りの気持ちばかりで、何も手に付かない。
- 気持ちが安定持続しないので、やると覚悟を決めた時と行動するまでに時間があると、実行に到らない。
自分の居場所のない感じの所在のなさ
- 自分が存在することが間違っているという思いばかりで、自分のいる場所がない。
- 人と関わることが苦痛で、過去に出来た人とのつながりさえも消してしまいたい気持ち。
- 生まれてきたこと自体が間違いだったのだという、自分が存在することを否定する気持ち。
悲観的、自己否定的思考へのとらわれ
- 生きていること自体が苦しい。
- 自分が息を吸っていることも他の人の分を吸っているようで申し訳なく感じる。
- 過去の思い出されることは、すべて辛い、イヤなことばかり。楽しい思い出が出てこない。
このように、一言で言えば無気力そのものです。
ですが、無気力と言っても頭の中は不安や焦燥感などでいっぱいで非常に苦しいです。
個人的には片思いをしている時の状況に近いと感じます。
何だか胸が苦しくて息が詰まる感じです。
それに加えて、自分の存在や、自分が生きていることに対して疑問を持ったりするのです。
それだけ頭の中でいろんなことを考えていても何もまとまらないし、結局ずっと苦しいままです。
ただただ気持ちが上向くのを待つだけ・・・
このままずっとこの状態なんじゃないかと思うと不安で不安でたまりません。
社会的場面における「うつ病」であることの辛さ
- 人がいる場所に出ることに恐怖感があり、引きこもってしまう。
- 通常なら家にいない時間に家にいることで、近隣から、奇異の目で見られる。
- アルバイトやボランティアなどをと考えたときも、空白の期間があること、その空白期間がうつ病であったことで、端っから相手にされない。
- 精神科での処方薬を飲んでいるということで、運転免許証の更新時に、主治医の運転に関する診断書が求められる。
- 新たに生命保険に入ることはほぼ不可能。
- 変な同情をされるか、関係を断ち切られるかの両極端な人間関係しか築けない。
まとめ
何しろ、身体的にも健康な状態ではないですから、ラクな体ではありません。
そして、精神的にも、常時、落ち着いた良い気分ではいられません。
心から笑えるようなことはありません。
夜もほとんど眠れませんから、夜の長い冬の季節などは、本当に苦しいさも増します。
こういった感じで、「うつ病」になっても良いことなどないのです。
人とのつながりも、病院関係者である主治医などしかいません。
親戚の人と関わることも出来ません。
友達といえる人も片手で余るほどしかいません。
ほとんど社会とのつながりがありません。
人と関わりたいとも思いませんし、新たに関係を築きたいとも思いません。
もう完全に閉じたような人生です。
確かに、うつ病や他の精神疾患を名乗っている人で、疾病利得のような生活している人もいます。
でも、そんな彼らも決して幸せそうではありません。
どちらかといえば、何も感じていないようにさえ見えます。
人生を楽しみ、謳歌しているといった感じとはほど遠いです。
今の私に出来ることは、このブログを通して、うつ病の苦しさ、入り口段階で深入りせずに済む方法、うつ病だと気付いていない方々に早期に治療なり、回復への対処法を取るように導くことが、出来ればというのが関の山です。
「うつ」を正しく理解して頂き、正しい情報、正しい知識を元に行動して頂きたい。
仮に運悪く難治性のうつ病になってしまい、多くの人が歩む人生の本筋と考える道から離れてしまったとしても、脇道を自分なりに最期まで歩んでいく。
そんな生き方でも、生きていかなければならない。
これが、長年、うつ病と闘ってきた末に見えてきている答えなのかなと、今現在、私は思っています。
うつ病は辛く、苦しいもの。
それは、本当に事実です。
自分の人生を大きく変えてしまうもの。
生き方、考え方まで変えざるを得ないような出来事。
どんな病気であっても、そういう可能性はあると思いますが、他の病気では生きる上での根幹をなす「精神的な部分」は病んでいない場合があると思います。
ですから、自分でモチベーションを上げることによって、若干でも人生を自分で操作することが可能であると思うのです。
しかし、人生の根幹をなす部分を病んでしまう「うつ病」は、自分の人生をコントロールすることも困難を極める病気です。
行き詰まってしまった場合、少しも明るい未来など全く見えてこない「うつ病」。
これがうつ病の辛さ、苦しさではないでしょうか。
一時期流行った
「早期発見・早期治療をすれば治る病気」
「心の風邪」
などというフレーズはもう過去のものとして、現実を確実に捉えた事実を伝える新しいフレーズで、世の中に、うつ病の現実を知らしめて頂きたいものだと思います。
うつ病などなるものではありません。
健康に勝るものはないのではと。
今の私は、ただ生き続け、存在し続けることに必死なそんな毎日です。
そんなうつ病にあなたはなりたいですか?
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私もそのとおりと共感します。
苦しいのですよね。何かしないといけないけれど、好きなことすらできなくなる。心の死に感じます。死んでいるのに、痛みは感じる。たしかに、仕事も学校も行かないですみ、必要最低限度の生活保護で生きてはいけるかもしれない・・・。
けれど、うつ病になったら・・・好きなことすらできなくなります。それをするのさえ、やっとです。四六時中調子が悪いという事はないですが・・・働くことについては、わたしも悩むことはあります、今の社会制度では、仮によくなったとしても、うつが再発するかもしれないと。
上手くいえませんが、うつ病は心の癌です。風邪の様に簡単に誰でもなる、そんな癌です。
『「うつ病はこころの風邪」「うつ病は必ず治る病気」というフレーズが一時期流布したことの副産物として、誤った情報も多く流布したフレーズであったと思う、そして生み出してしまった多くの誤解を解くべき時だと思う』というお言葉、私も強く同意します。「そうだそうだ!あなたはよくぞそれを言葉にしてくださった」と言いたくてコメントを残させていただくことにしました。長くうつ病と付き合いつつ強く生きている方々、そしてそれを支えてくださっている医療関係者の方々もこの世にたくさんいらっしゃいます。だから時代も徐々にまた変わっていくのだろうなと、何となく思います。
同感です。うつ病は、もしかしたら、最強の病かもしれません。肉体的には、さほど問題ないと言われながらにして、なんの気力も考えも感情さえ、良くわからなくなります。早く死んだ方が良いんだろうな、とよぎっていても行動する力すらないイメージです。死んだ方がマシだと思います、生きたいとは思えません
当記事『うつ病ってどれくらい辛いの?分かりやすく解説します。』を執筆しました「うつ子」と申します。
しばし、当ブログから離れていたため、頂戴したコメントへの返信が遅れ、申し訳ございませんでした。
「うつ病」の苦しさを表現することの難しさを痛感しつつも、世の中に流布された誤った情報は訂正されるべきとの強い思いから、何とか記事を書き上げました。同様の思いをお持ちの方が複数おられたことに、大変、安堵致しました。
「うつ病」の苦しさが正当な認識をされ、誤情報に基づいた無理解による当事者の苦しみが、僅かでも軽減された世の中になるよう、闘病中の方、過去に闘病していた方など皆で、これからも、積極的に声をあげていきましょう!
拝読しました。
何十時間も起き、イスで気絶して、部屋は物で溢れ、ゴミは出せず、お風呂は何日も入れず、平日昼間在宅しているので人の視線が気になり外出できず買い物行けない、食べ物はカロリーメイトやグラノラ直食い等…
自分だけおかしいと思っていましたが、記事を見て、少し安心しました。
ある福祉関係の人に、なぜ働かないの、お金あるのね、と言われ、かなり傷つきました。社会は決して救ってくれません。同じ状況の人しか。
うつが完治することはなく、神経痛のように、多かれ少なかれ後遺症が残り不自由を強いられます。
> 脇道を自分なりに最期まで歩んでいく。
本線に戻る事を忘れ去り、そのように思う事ができれば、少しは楽になれるのかもしれませんね。
執筆のお礼まで。
※几帳面にレスつけて頂かなくても大丈夫です。皆が楽にした方がいいと思います。
とても共感です。
何も出来ません。毎日が苦しく呼吸がやっとです。死んだ方がいいのか、死んでも迷惑がられるのに、泣けてきて苦しく思います。
最近は、ただただ、寿命を待つことと、病気になっても治療せず病死すること、事故にまきこまれしなないかと思ってます。
どうせ死ねないことは過去に繰り返してしまったことでわかっているので。
記事を執筆しました「うつ子」です。
リプトン様も、かなりお辛い状況のようですね。
何も出来ず、死にたい思いもあるけれど、それすら実行できない。
うつには、波がありますが、リプトン様は如何ですか?
私も、近頃は、本当にマイナス思考の極みにいるような感じです。
こんな状態でも、「脇道を自分なりに最期まで生きるしかない」ということなのでしょうが、本当に苦しいだけですよね。
ほんの僅かな一時でも良いから、ラクな気持ち・状態にさせてくれる対処法でもあったらと。そうであったら、僅かな光がさし、淡い希望が持てそうな気もするのですが…。しかし、これも難しいことのように感じます。
何のお力にもなれませんが、リプトン様が少しでもラクになれますことを祈ると共に、くれぐれもムリなされませんようご自愛下さい。
初めまして、記事拝読させて頂きました。
私は幼少時からいじめが原因で不登校になり、なんとか高校を卒業しましたが就職に失敗してしまい様々な症状に悩まされた後にストレス性のうつ病と診断されました。
私のうつのスイッチは【家族】なようで、不登校時から家族と揉める度に自殺未遂を繰り返してきました。
うつへの理解も【無理だ】とハッキリ言われました。
無理はないと思いますが、自分の存在意義がいっきに揺らぎました。
今は辛うじてアルバイトをしていますが、年齢や借金、滞納金や家族との折り合いの悪さで本当に消えてしまいたい思いでいっぱいです。
うつ子様が書かれた【居場所について】にもとても共感しました。
自分も自分なりに最期まで生きていきたいと思いますが、現状の生活で捻り出せた結論は死に場所を求めて失踪する事でした。
本当に、つらくて苦しい人生を丸ごと変えてしまう病ですよね。
社会が少しでも優しくなりますように。
長々と乱文失礼致しました。
記事を執筆致しました「うつ子」と申します。
しずく様も、幼い時分から本当に苦しい思いをされてこられたのですね。よくここまで頑張られてこられたものだと、賞賛したい気持ちでいっぱいです。今も、バイトを頑張っておられるとか。
私などに比べたら、本当に立派に、人生に立ち向かっておられるなぁと尊敬の念すら抱きます。しずくさんは、文章から察しましても、非常に細かやな心を持った方と想像されます。ですから、余計に、現実社会と接することで、ご苦労・お悩みも多いかと思います。
私自身も、うつ状態に陥って、かれこれもう30数年になりますが、もう80前後になった両親には、自分の病状を理解してもらうことは、非常に難しい状況で、半ば諦めています。
この記事に対し他の方からもコメントが寄せられていますが、皆、それぞれの場所で苦しんでいる方が多いのだと思います。私も、この歳になって、未だに居場所が見つからない状態です。今のしずくさんのように、居場所が死に場所しか思い浮かばない時期もありました。
でも、今振り返ってみると、死に場所とはいえ、居場所を考えられる、どうしようと考え求められる時は、まだ最悪の状況ではない時のように思えるのです。私は、本当に切羽詰まると、「死ななければ…」と思えど、身動きすらとれないと言いますか、何処へ行ったら良いのか、どうすれば良いのかすら、考えられない状態になります。
しずくさんも、本当に苦しく、行き地獄のような日々なのかも知れませんが、日本各地には、孤立するしかなく、周囲の無理解に苦しみながらも、何とか最期まで生き続けるしかないのだ…とおもい、苦しい日々を送っている方も多くおられるということをこころに留め、それを、こころの支えにして頂けたらと思います。
お互い苦しい状況ではありますが、いつか少しでもラクな日が、光の差す時が訪れることを祈って、何とか、時をやり過ごしていってみませんか?陰ながら応援しております。いつでも、また、コメントお待ちしています。
検索していて辿り着きました。
腫瘍という表現、まさに的確だと思います。
私は卵巣嚢腫という本物の腫瘍も経験しましたがまさにあれが脳の奥に静かに眠っている感じです。
脳のMRIも撮ったので脳にはないのはわかってはいるのですが写らない腫瘍なんですよね…
私は実の父親ではない育ての父に育てられながら15の時卵巣嚢腫になり、育ての父に卵巣嚢腫さえ理解されずうつ病を発症し今に至ります。
自分で生理が起こせずホルモン剤を飲まなければならないためうつ病の治療速度が落ちます。母もずっと働きに出ているので毎日1人です。
だいぶ這い上がってきたつもりですがやっぱり自分の力の無さや全てを失ってきた事に悲観して安定剤を飲み寝る事で命を繋いでいます。
何もしない1日よりこちらに書き込む1日の方が良い日になると思いとりとめもなく書かせて頂きました。
周りに説明するとき、腫瘍という言葉お借りしたいと思います。
素晴らしい記事を本当にありがとうございます。
初めまして、記事作成担当のうつ子と申します。
まなみ様は、お若い時に、卵巣嚢腫という病気で本当にお辛い経験をされ、ご家族の理解も得られなかったことで、苦しみの極みにあったこととお察し申し上げます。大変な思いをされながらも、少しずつでも這い上がってこられたとの記述には、少々安堵致しました。
現在も、諸々の体調不良でお辛く、苦しい状況ではとお察し致します。
うつを「心の風邪」という表現で表すのは、全く見当外れも甚だしいものだと、未だに思っております。
「腫瘍」という言葉を記事に盛り込む際にも、管理人とかなり議論した記憶があります。どういう言葉が、一番的確に、「うつ」の苦しみを表現出来るだろうかと…。
日々苦しみの連続かと思われますが、当ブログへの書き込みで、一時でも安らぐ事が出来るのでしたら、どんな些細な事でも結構ですので、これからも遠慮なくお書き込み頂ければと思います。お互い、支え合ってやっていきましょう。
どうぞお大事になさって下さいませ。
鬱は甘えなんて言うけど甘えでここまで酷くなるなら本当に甘えなのか疑わしいし、分かりやすく言うと鬱は心の風邪だとするなら38度の熱で動けますか?
熱もないのにずっと怠くてやる気も当然起きずそんな感じです。
正直、患ってしまった者からすると地獄です。
只の風邪なら3日寝てれば熱も下がって学校や仕事に行く気力も自然と回復しますが鬱は3日でなんて治りません。日数ばかりが無駄に過ぎ何をするのも楽しめず苦痛と屈辱しか感じない状態です。
初めまして。
検索をしていたらこのブログへ辿り着きました。
私は今月から抑うつ状態で動けなくなり、医師からうつ病と診断され、休職している者です。
実は、大学生のときにうつ病と適応障害を患い、寛解されたのかと思いきや、30歳を過ぎた今、仕事のストレスで同じような状況に陥ってしまいました。繰り返すんですね。
大学卒業後、直ぐに就職した今のところは世間から見ると安定している公的機関なので、周りからは退職を反対されています。でも、うつ病になるほど辛いんです。仕事のことを思い出すと消えてしまいたい衝動に駆られます。
今はまだ暗いトンネルを走っているところですので、明るいことを書けませんが、ゆっくり焦らずに寛解に向けて治療を続けていきます。
完解したと思っていたのに再発とはさぞかし辛いことでしょう。
僕も抑うつ症状で辛い時、本当に仕事を辞めたくて辞めたくて仕方がありませんでした。
そんな時、担当の医師に言われたことは
「今決断する必要はないですよ」
ということです。
リョウコさんがおっしゃるようにゆっくり焦らず治療することが一番だと思います。
もし、余裕があれば今の仕事の何が嫌なのかをはっきりさせてみて下さい。
そしたら、何か突破口が見えてくるかもしれませんよ。
ちなみに僕は、
「いつクビになってもいいや」
と考えられるようになってから少しずつ楽になっていきました。
私はうつ病と診断されてから急激に弱くなりました。医者の言い方が淡々としすぎていたのです。アダルトチルドレンで、鬱になる素質がすでにあったとは、両親には口が裂けても言えません。私が7歳の時サンタにお願いしたのは『家族バラバラになりませんように』でした。小学生で『ガンですね、はい。手術です。』と言われた時のように。『あー鬱の中期ですね。』と無感情で言われた事がショックでした。今は20歳で寝たきり1年が経ちます。今頃、国立大の3年生だと… 今から受験には26で卒業になってしまい、学歴社会のせいで、私達のような者が生きれる日本ではありません。
初めて、自分が思ってる事が書かれていて自然と涙が出ました。
足掻いても仕方ないのは、わかっていますが、どうしていいかも
わからない状態で生活してます。
通院しても、良くはならないですし、
器用ではないのに、それ以上に何も出来ない自分が情けない現状です。
文面がおかしいとは思いますが、コメント残させて頂きます。
はじめまして。
ブログ読ませていただきました。
自分も鬱病に関してはとても苦しみ、今も再発のために苦しい日々を過ごしています。
正直、この病気は仕事もお金も健康も彼女も全てと言ってもいいぐらい失います。
ブログにもあるように病気になると何もできないし、何かしようとしても気持ち的にも身体的にも苦しさが湧き上がり、早く楽になりたいと考えるようになります。
「毎日が拷問の日々」だからです。
個人的には心の風邪などではなく「日々が拷問に変わる」病気だと思います。
今の子供たちが、次の世代の人たちが同じ苦しみを味わうことのないような社会になってほしいと心から願うばかりです。
私は2001年から17年間、うつに苦しめられています。寛解したことも数度ありましたが、再発を繰り返し、その度に症状悪化しています。今も生きているたけで精一杯です。毎日が地獄です。家族がいなければとっくに死んでいるでしょう・・・